呉衣の映画トンネル

映画の感想(ネタバレ有)を置きます

マリグナント 凶暴な悪夢

2021/12/10鑑賞

  • 監督:ジェームズ・ワン
  • 重大なネタバレをしています。
  • 3度繰り返した流産に悩んでいたマディソンは、ある日、夫との口論の末に壁に叩きつけられて後頭部を負傷してしまう。謝る夫をドアの向こうに拒絶して就寝した後、深夜に不審な物音で目を覚ますのだが、そこには惨たらしく殺害された夫と、不気味な人影があった。その人影から襲撃を受けて気絶し、再びマディソンが病院で目覚めたとき、駆けつけた妹から胎児の流産を知らされる。またしても赤ん坊の命は救えなかったのだ。その後、退院したマディソンは妹の制止も厭わず元の家に戻り、生活を続けるのだが、やがて人が惨殺される悪夢を繰り返し見るようになる。しかし、それが現実で起きた殺人事件であることをニュースで知るのだった。
  • 今年一番のトンデモ映画かもしれない。とにかく色んなホラーのサブジャンルを彷彿とさせる要素を散りばめながら、後半にネタ明かしがあるのだが、それが思わず「そんなことあります?」と言いたくなるようなぶっ飛んだアイデアなのだ。
  • 作中で「超能力」を馬鹿げたものとして一蹴していることもあってか、衝撃が大きい。というかアイデアそれ自体以上に、その絵面がものすごい。
  • ジェームズ・ワン監督作で、かつホラージャンルの映画は『死霊館 エンフィールド事件』から実に5年ぶり。めちゃくちゃ待ち侘びていた。
  • 連続殺人の悪夢、電気を操る殺人鬼、テレビ番組の強調など、ウェス・クレイヴン『ショッカー』を思わせるような仕立てが連発されるし、家と庭に停められた車の位置関係とかまんま一緒じゃない?と感じる前半。
  • ただ、『ショッカー』はテレビ番組の画面と、実際の場面とを語りの水準でほぼ同等に扱っていたことから、作中世界の非現実感を上手く演出できていた。クレイヴンはメルヘンの天才なのだ、、、クローズアップされたテレビ画面と、そのほかの場面を区別するものは、テレビのザラザラとした映像の粗さ、テクスチャしかない。
  • それに対してジェームズ・ワンのコテコテのホラー演出は全くメルヘンではないし、恐怖演出が展開を遅延させる原因にもなっていると感じるし、既視感たっぷりだし、前半は面白いとは思えなかったのだが、ガブリエルについての真相を明かした後のトンデモぶりが凄い。
  • 誰もが指摘するように、殺人鬼ガブリエルが女を捕まえていた隠れ家が、実はマディソン家の屋根裏だということがわかる、落下シーンのインパクトたるや。ここはミステリ的な妙味だろうか。
  • ホラーのサブジャンル的要素がいくつも配されていて、そのどれもが裏切られる。例えば、冒頭の怪しげな研究所の描写はマッドサイエンティストものの風味があり、実際かなりマッドなのだが、行われていた処置自体は患者のことを考えた医療行為だったことがわかる。そして、長い髪の幽霊は『呪怨』を彷彿とさせるが、途中で心霊ものではないことがわかる。あるいは二重人格ものか、と思わせてそうでもないし、さらに「悪魔」である可能性や、「イマジナリーフレンド」であるという所見など、ガブリエルの正体の可能性をいくつも示しながら、最後の最後にあの異様なアイデアが示されるのである。
  • 地下都市の存在が仄めかされるが、これもガブリエルの移動手段として出てくるだけで、ミスリードの一種だろう。
  • 女囚だらけの留置署での皆殺しシーンや、警察署での大殺戮シーンも、やりたい放題のアクションシーンになっていて作中随一の見どころ。マジでやりたい放題。ここまでやっちゃっていいの?と言いたくなる。
  • なんというかガブリエルは、『透明人間』とか『フランケンシュタイン』のような原初的なホラーアイコンとしてやっていけそうな感触さえある。
  • 指摘されているように警察署は、だだっ広い空間にデスクを整然と並べただけのセットで、現実にある警察署という感じではない。黒沢清っぽい。
  • ガブリエルに対して実の母親が泣き落としを仕掛ける場面、ホラーではよく見るけど、アイデアの特性からか説得力がある。泣き落としが効くのでは?と思わせられるのだ(結局、成功しなかった)。
  • 評価の難しい映画で、仕込みが長いのでバランスは良くないんだけど、終盤30分の爆発力は随一で、実験精神も豊か。見るべきかどうかを聞かれたら、まず興味本位でも見ておいた方がいいと答えるだろう。