呉衣の映画トンネル

映画の感想(ネタバレ有)を置きます

雪の断章 -情熱-

2021/4/7鑑賞

  • 監督:相米慎二
  • 舞台は北海道。2人の男性に囲まれて育ったみなし児の少女が、殺人事件の容疑者になることで人生を狂わされ、やがて大人になっていくまでの物語。
  • なのだがストーリーは大体どうでもよくて、意外性に意外性をぶつけるような圧倒的な勢いのある演出と、斉藤由貴という女優をひたすら追い詰めて撮っていくようなじめっとした感触が見どころ。
  • 「ストーリーはどうでもいい」と書いたが、もちろん実際にはそうとも言い切れない部分がある。このベタな話を、主役である斉藤由貴の感情にフォーカスして、そこに関しては嘘や誤魔化しがなく、むしろ感情の激しさを表現するために異様なエネルギーのある演出が重ねられているという側面もある。一方で謎解きの部分にはほとんど関心がないらしく、そもそも省略が多いので観客視点では推理が正しいのかどうかが全然わからない。また、刑事が明かす真犯人の動機についても別の声が重なって聞こえなくなるなど、この辺は作り手も「ストーリーはどうでもいい」というメッセージを発しているかのような節がある。
  • 最初の1時間は全カット見どころといってもいいくらいで、普段我々が見ているあの映画とかいうやつは何だったんだ?というくらいに面白い。冒頭のタイトルバックが出るまでの約9分間18シーン・ワンカット長回しが有名だけど、それ以外のシーンもまるで普通には撮られていない。
  • 冒頭の長回しでは、空間の位置関係や時間的な連続性を無視した荒唐無稽なシーンの連結が見られる。雪道を歩く二人に、電話越しの会話のボイスがかぶさってくるのだが、その電話相手がなぜか雪の中にいて赤い受話器を握っているし、BGMが流れていると思ったらその演奏家も同じ空間に現れるのだ。ここは、撮影場所のセットっぽさや、時空間を無視したシーンの連結などのせいで演劇っぽく感じられる。
  • 長回しが終わると、バイクの後部座席で思いっきりのけ反りながら歌う斉藤由貴の顔のアップが映る。被写体には動きのある場面なのにカメラはやや見切れ気味に顔にくっついており、バイクの運動そのものを映さない。そのことでむしろ躍動感を得ているカットだ。斉藤由貴は花に包まれていて、それまでの暗いエピソード(冒頭の長回し)との対比も大きくインパクトがある。
  • 騒がしい音楽が、観客の意識をバシバシぶった切ってくる。特にハンプティ・ダンプティみたいに塀に座った刑事(レオナルド熊)が現れる場面では、「刑事に疑われる」というシリアスな場面に似つかわしくない騒がしい音楽が入り込んできて変な祝祭性があり、困惑する。
  • まだもうちょっと場面が続くだろうというタイミングにカットを入れて、いきなり爆音の音楽に合わせて踊っていたり、歌を入れたりすることもこちらを飽きさせない演出としていいと思った。
  • 発話の主や、視線の先など、観客としては気になるものを画面に入れず、じわじわとしたカメラの移動の中でやがてそれを明かす、、、という組み立てが何度も現れる。これも視線を画面に釘づけにする方法として王道ながら有効。
  • 北海道大学への受験を決心する場面では、なぜか酒盛りの席にロフトのような空間があり、そこに斉藤由貴が上ると照明の関係からまるでスポットライトを浴びるような形になり、しかも天井からの吊り輪?が顔を隠しているので「なぜだろう」と思っていると、案の定彼女がそこにつかまって宙づりになる。脚本上絶対に必要ないし、リアリティの観点からもおかしなアクションを入れるところがいかにも初期の相米慎二らしい。
  • 女優に着衣のまま川を泳がせるなど、危険に見える撮影を敢行するところも初期相米という感じ。
  • 電車の車窓越しに飛行機が見える、という難易度の高いカットが何でもないところで現れすぐ次のカットに進んでいく(難易度が高いからカットが短いのかもしれない)。
  • 自分を拾ってくれた雄一(榎木孝明)への気持ちで悩み、言葉をぶつけあうシーンでは、土砂降りの雨の階段で会話していたかと思いきや、そのあと少し階段を下りて橋の下に入ったところで突然、焚火が現れる。これも映像としては、かなり意外性がある(なぜか背景には松明を持った謎の集団がいる)。
  • 時折画面を横切るピエロ人形が不気味。また時々、斉藤由貴が幼少期の自分と同時に画面に映る、白昼夢のような場面があるのだが、そこに現れるピエロ(足がめちゃ長い)も異物感があって気持ちが悪い。
  • 桜の咲いた公園で三人がキャッチボールをする場面は、その立体性といい、光の美しさといい、この世のものとは思えない光景だ。あまりに見事で実写には見えないんだけど、かといってCGというわけでもないし、なんというか魔法みたいだ。