呉衣の映画トンネル

映画の感想(ネタバレ有)を置きます

宮本から君へ

2021/6/29鑑賞

  • 監督:真利子哲也
  • 営業マンの宮本浩は、前歯と腕を折り、顔面が腫れ上がるまで喧嘩したことで勤め先から叱責を受けるのだが、その喧嘩の内容については詳しく話そうとしないでいる。一方、中野靖子との結婚を報告しにお互いの両親を訪ねるのだが、やはりこちらでも詳しく事情を話そうとはせず、そのことを宮本の母からは詰問され、中野の父からは祝福されない。それもそのはず、中野靖子は宮本の取引先の身内から強姦され、宮本はその男に喧嘩をふっかけて復讐したからだ。
  • 宮本を池松壮亮が、強姦された靖子を蒼井優が、レイプ犯である真淵拓馬を一ノ瀬ワタルが、その父親をピエール瀧が演じている。
  • この映画は冒頭、階段を上っていく池松壮亮をバックから捉えるシーンから始まる。歩く人物の後ろ姿を、移動撮影で追いかけるカメラ。否が応でも『ディストラクション・ベイビーズ』を連想させるスタイルで、これが真利子哲也監督作であることを印象づけられるのだが、一方でカットが変わると池松の傷だらけの顔面がスクリーンに大写しになり、それ自体インパクトのある組み立てになっている。
  • 語りのスタイルは、全身傷だらけの宮本と靖子が、両親を訪ねて結婚を報告する現在パートが先行し、ある程度したところで過去の回想が始まる、というもの。回想は二人の馴れ初めから始まり、靖子につきまとう男である裕二(井浦新)とのいざこざや、真淵拓馬に靖子がレイプされる場面、宮本がその拓馬に殴りかかって一蹴される場面、宮本が靖子に結婚を申し込む場面、宮本が拓馬にリベンジを果たす場面などなどが語られる。
  • 撮影は、『Playback』や『きみの鳥はうたえる』で三宅唱と組んでいた四宮秀俊。特に暗い画面に迫力がある。
  • 基本的には、「自分の恋人がサイコパス気質のラガーマンに強姦されたらどうするか?」という卑近と言えば卑近だし、ひどいと言えばひどい話を、ヒロイズムなしで処理している。もちろん、マッチョだし、ナルシズムもある話なんだが、同時にそれらが滑稽に映るような批評的視線もあるという感じ。
  • それを怒鳴りっぱなしの熱演でやる、という部分に耐えられるか否かが、この映画を楽しめるかどうかの一つの分水嶺になっている。
  • 個人的には、怒鳴ったり叫んだりする熱演は、映画を単調にしたり、美的なバランスを破壊したりすることが多く、いつもなら受け入れがたいものがある。「普通そんなことは言わないだろう」という漫画的なセリフを実写映画でやることも、一般には耐え難いことが多い。実写映画では役者という生ものを扱う以上、求められるリアリティレベルが自然と高くなる、と言えるのかもしれない。
  • 本作では、くどい、しつこいと感じないわけでもないが、撮影と演出をサボらず、いわば熱演に重ねるようにして繰り出すことで「単調さ」に陥ることを回避しており、漫画的なセリフもかえって観客の感情移入を妨げる効果があってか、熱演の弱点をカバーしているように思えた場面もあった。総じて、最後まで画面を集中して見れるくらいに面白い。
  • 性被害を作中に取り込んだ作品にありがちなこととして、性被害が作品のスパイスや、物語のきっかけ以上の意味をもたず、性被害者がストーリーの中であまり存在感を示さないというものがあるが、本作には当てはまらず、事実、宮本は「レイプされた恋人の復讐をすること」を当の恋人自身からも歓迎されず、むしろ強姦されている間に眠りこけていたことを口汚く非難されるというキツイ立場に置かれる。
  • 靖子の造形が結構リアルで、宮本をグサグサと刺す(ヒロイズムを許さない)から見れるものになっているところがある。例えば、初めて靖子が宮本を部屋に呼んだとき、突然窓から乱入してきた裕二(元カレ)に動揺する宮本に大して「お前にも腹が立つ(うろ覚え)」と言い捨てるところとか、客観的には理不尽極まりない態度を取っているんだけど、確かにこういうことを言う女性は現実にいそう。
  • 土砂降りの海辺で傘もささずに歩く二人。雷鳴をバックに笑顔のまま怒る蒼井優がとても怖かった。
  • ラグビーをやっている大人二人をタックル一発で吹き飛ばす巨漢であり、敬語を使いながらも、女をレイプし、その復讐にやってきた宮本の前歯を折り、周囲には適当に言いくるめることで誤魔化す狡猾さも持ち合わせている、本作の悪役である真淵拓馬を一ノ瀬ワタルが好演しているが、あまりにも恐ろしいので、しばらく一ノ瀬ワタル本人の評判に差しさわりがあるのではないかと思ってしまう。それくらい、真淵拓馬は「実際にいそう」な人物造形になっている。「指折るの3本まで耐えたやついますよ」とか言ってたから、こいつ常習犯なんだろうな……。
  • 映画のクライマックス、ビルの非常階段で行われる宮本と拓馬の喧嘩シーンは、本当に殴っているんじゃないかと思えるくらいリアルなアクションシーンになっていて、とても見ごたえがある。高所でのスタントもあるし、撮影現場でどうやっていたのか気になるところ。(追記:Google検索したところ、当然ワイヤーで釣ったものの、ノースタントだったらしい)
  • 拓馬の父親:通称マムシとその周辺人物は、宮本が飛び込み営業をした取引先で、ラグビーOB会とでもいえるような集まりなんだが、かなり土着的なコミュニティとして造形されていて、自分が宮本の立場なら勘弁して貰いたい付き合いだ。セクハラ上等、焼酎の一気飲み強要(マムシはそれを制止するが)、プライベートと仕事の密着具合などなど。
  • ただ、平気で犯罪行為をする拓馬と違って、マムシは昔気質でパワハラ気味であっても、常識人の感覚は持っているので、拓馬と宮本の喧嘩を流さずに介入してくれるし、拓馬に何をやったのか問い詰めて結果病院送りにされるという場面もある。これが身内を完全に庇うようなタイプだったら、宮本は詰んでいた可能性も高い。
  • 原作をかなり省略して二時間の映画にしているせいか、ところどころ展開が跳んで分かりづらい部分もあった。