呉衣の映画トンネル

映画の感想(ネタバレ有)を置きます

最後の決闘裁判

2022/5/29鑑賞

  • 監督:リドリー・スコット
  • 1386年、百年戦争さなかの中世フランスを舞台に、実際に執り行われたフランス史上最後の「決闘裁判」を基にした物語を描く。
  • 騎士カルージュの妻マルグリットが夫の旧友ル・グリに強姦されたと訴えるが、目撃者もいなかったため、ル・グリは無実を主張し、またル・グリが聖職者特権を行使することもなかったので、結果としてカルージュとル・グリの決闘によって判決が下されることになったという大筋。全部で3章立ての構成になっており、第1章がカルージュ(マット・デイモン)視点、第2章がル・グリ(アダム・ドライバー)視点、第3章がマルグリット(ジョディ・カマー)視点で同じ話を3回繰り返す。
  • 同じ話を3度繰り返すといっても、第1章のカルージュ視点の時点で省略がかなり多用されたハイスピードな説話になっていて、例えばマルグリッドがル・グリに強姦されるシーンのようにカルージュが居合わせていない場面はもちろんのこと、スコットランド遠征から帰還してル・グリとその主ピエールに激高する場面のように、カルージュ本人が居合わせた重要な場面も第1章の時点ではガンガン飛ばされている。すわ五十年代の古典アメリカ映画か?と見まごうようなスピードだったが、省かれたシーンは第2章、第3章で補完されるため結果として上映時間150分近い長尺になっている。
  • 現存するフランスの古城を使い、当時を再現する衣装や小道具を贅沢に揃え、家畜をふんだんにスクリーンに入れたモブシーンは凄いとしか言いようがないが、芝居の撮り方はかなり淡白なので、正直なところ流血沙汰以外の場面はストーリーに対する興味関心を頼りに、頑張って眠気を押さえていた。リドスコの歴史物っていつもそんな印象だけど。
  • ロケ地と背景美術は本当にすごい。いくら小説や漫画でこのような城中の場面を描写したとしても、このようなディティール、質感を獲得することはできないと思わせる。石壁の冷厳とした存在感がまず素晴らしく、そこに衣装の布地、人物の肌の肉感、画面を動き回る動物たちが合わさることで、モブシーンは絵画のような完成度を誇っている。雪が降っているのもいいけど、もっと雪量を増やした場面があってもいいかもしれないと思った。
  • 最も面白いのはル・グリの章で、なぜならル・グリが三人の中で一番多面的で、シーンが切り替わるたびに印象が変わるような人物だからだ。冷血に地代を取り立てたかと思えば、カルージュを誰よりも庇い立て、本を読む知識人の側面を見せたかと思えば、ピエールとの乱行に励む。
  • そのため加害者であるル・グリとカルージュのキャラクターを単純化するマルグリットの章が最も退屈に感じられた。(騎士である二人とは異なり、家計や家畜の話がふんだんに出てくるところは面白かったが)
  • また、そもそもリドスコの平板なドラマの演出ではル・グリの多面性を活かし切れておらず、ル・グリがマルグリットに惚れ込む理由は(本人の章でさえ)全くわからない。事実を明け透けに映すだけではなく、心理の可視化にもっと力を注いでほしい。
  • フェミニズムに限らず、思想やイデオロギーというものを小説や映画で扱う上での難しさは、結論を固定することによって様々な起伏を無くしてしまう点だと考える。理論から細部が逆算して決まっていき、またその細部から理論が先読みできるような制作は面白くないだろう? 違うだろうか。
  • もっとも、フェミニズム以上に時代の隔たりを感じる場面が多く、マルグリットは「男性に対して偽証した女性が受ける罰は火炙りである」ということを知っていれば告発しなかった(他の女性同様黙っていた)と口にするし、友人の女性は告発のことを知って離れていく。そして、カルージュのように家名や名誉に拘る人は今どきアメリカではヒルビリーなどと呼ばれて蔑まれているのではないだろうか。
  • ル・グリの主であるピエールが、金髪姿のベン・アフレックであるということに全く気が付かなかった。