呉衣の映画トンネル

映画の感想(ネタバレ有)を置きます

君たちはどう生きるか

2023/7/23鑑賞

  • 監督:宮崎駿
  • 戦時中、火災で母親を亡くした少年(牧眞人)が田舎に疎開するとそこには父の再婚相手(死んだ母親の妹で瓜二つ)がいて、転校先で早々に喧嘩をした上に自傷行為までしたので臥せっていると何やら怪しげなアオサギに誘われ、ついに少年は怪しげな塔の中へと入り込んでいくのだった。
  • 話としては要するに疎開先の古い屋敷にあった洋服ダンスから別の世界に迷い込んでしまいました、、、とか白兎を追ってウサギ穴に落ちてしまったらそこは不思議な国でした、、、とかそういった一種の黄泉巡りの話であって現実との対応関係も比較的単純である。あと自伝的な要素も多分にありそうだ。
  • 要するに小品だった。そこには宮崎駿的なマニエリスムというか、細部の驚きはあっても、大きなものを掴もうとする構想力や企画、野心がなくなっているように思えて残念だった。引退中の巨匠にこういったことを言っても意味がないのかもしれないが。
  • 例えば、冒頭の火事の場面、実写映画だとカメラを振ったときに生じるブラーをアニメーションに取り入れたような視界の「ブレ」の表現や、前作を思わせるような禍々しい炎とモブシーン。あるいは、疎開先でトランクに群がる老婆の集団の奇妙さ(絵だけではなく、情報開示の順番に工夫して異様な雰囲気を作っている)。徐々に不穏さが増していくアオサギとのやりとり(魚や蛙を大量に登場させる場面は勿論、小さな穴から塔の中に入るカットすら動きに驚きがある)。眞人のことは大切に思っているがどこか通じ合えていない父親との関係を、妙に近すぎる顔のアップで表現する手腕。
  • また異様に艶めいていて、性的な緊張感を感じさせる再婚相手ナツコと眞人の対面。こういった細部の魅力が序盤はいくつもあるのだが、塔の中の世界に入ってからはやや過去の宮崎駿の縮小再生産という印象がどうにも無視できなくなってくる。
  • 例えば、ふわふわというキャラクターが出てくるのだが、過去作のまっくろくろすけやこだまと比べるとどこにでもいそうな造形というか、率直に言ってその安易さにひどくショックを受けた。
  • 宮崎駿的な細部に食傷気味になってくると、構成の単純さも気になってくる。
  • 塔の中、つまり黄泉の国でせっかく死んだ母親と出会ったのに、そこにいたのは若い頃の母親で、「死んだ母親と会った」シーンにあるべき情感というものがほとんど欠片も配されていないことには少し驚いた。ヒミと眞人の正式な対面の場面のあっけなさは、現実パートで眞人が、母親が残した『君たちはどう生きるか』という本を読んだあと涙を流す場面とは対照的だ。
  • というか、キリコやナツコといった大人の女性陣と比べたときのヒミの魅力の無さ、厚みの無さは非常に気になる。のっぺりとした勝気な少女キャラでしかないというか。
  • 結局、死んだ母親の分身として配置されたナツコと向き合えるかどうかに重きを置いていて、死んだ母親とは実際には出会えなかった(眞人の母親になる前の母親だった)ということなんだろう。
  • 同じく構成が破綻気味で、取っ散らかっていて、あるべき厚みを欠いているという点では『ハウルの動く城』や『崖の上のポニョ』があげられるが、あの時にはあったような滅茶苦茶なパワーというか、制御していないからこそ打ち出せる強烈なエネルギーが本作には無かった。宮崎駿でさえ、打ち出の小槌ではないのだと思い知らされた。
  • 千と千尋の神隠し』のような頭からしっぽまでひたすらに凄い細部が詰め込まれていてずっと圧倒されるという作品でも無い。
  • ただ『風立ちぬ』で既にそういう「力技で何とかする」という趣向が消えつつある片鱗はあったし、あとは大きな構想が消えるとこうなるんだろう。