呉衣の映画トンネル

映画の感想(ネタバレ有)を置きます

ドロメ 女子編

2016/11/16鑑賞

  • 監督:内藤瑛亮
  • 全体としては【女子編】のほうが単体の作品としてよくまとまっていて、【女子編】に残った謎が、【男子編】で解かれる内容になっているので、【女子編】→【男子編】という順番で見ていくのがいいと思われる。
  • まず、全体の感想。前半はとてもよく再現された90年代のJホラーのパスティーシュになっていて、幽霊や化け物を出さずに、雰囲気だけで怖がらせていく趣向だ。廃校寸前の学校で、ジャージを着た男女が合宿をするという舞台仕立てもJホラーっぽい。
  • 撮影は、屋外でも室内でも光に対する感覚やピントがよくて(撮影は『Playback』も撮った四宮秀俊)、2016年にここまで質の高いJホラーを見られるとは思わなかったため、この時点で満足していた。さらに後半になって、モンスターである「ドロメ」がおおっぴらに出てくると、Jホラーの弱みともいえる、①「幽霊が出てくると怖くなくなる」、②「幽霊が出てくると審美的にもチープになる」という問題を、内藤監督の独自の洗練によって取り込み、克服しており、最後は日本特撮×『デス・プルーフ』!でしめるので、これまでの作家的な発展を引き継ぎつつ、新しいところに突き抜けている作品だと思った(知り合いの評価は高くないが......)。
  • これまでの作品に比べると「明るい」作品だという評判があるらしいが、『先生を流産させる会』の頃から、「この人は企画次第では『デス・プルーフ』が撮れる」と思っていたし、その『先生を~』にせよ、『パズル』にせよ、じめじめと湿った題材を、からっとした爽快感のあるアメリカ映画のように撮ることができる人だったので、本作の明るさはその資質からいって意外なものではない。むしろ、なぜ露悪的で幼稚で気持ち悪い題材にこだわるのかがよくわからなかった。インタビュー読むと実際『ドロメ』は、Jホラー→アメリカンホラーという転換で作品を考えていたそうだ。

  • Jホラー、とりわけ高橋洋が脚本した『リング』や、黒沢清の一連の映画では、幽霊や怪物が、一度動き出したら人為的には止められない運命の装置として作動する。恐怖とは不条理のことであり、人間にはどうすることもできないものとして志向されている。したがって、幽霊はその場にいるだけで怖い存在なのであって、襲うときもゆっくりじわじわと移動し、むしろアメリカ映画のモンスターのように迅速に飛び掛ってはいけない(それはアクション映画になってしまうと黒沢清は言う)。
  • このような運命に対して、人間が精一杯の抵抗を見せることがわずかな自由となって、時間的な展開が生まれ、結果としてストーリーというものが生じてくる。
  • 『ドロメ』との関連で思い出したのは、黒沢清による短編オムニバスの「花子さん」である(赤いドレスの女が出てくるやつ)。
  • かつて通っていた学校に、卒業生が再びやってきて青春の決算を行うという内容だが、過去のいじめ事件の因縁が幽霊として現れるにもかかわらず、人間的な因果関係に閉じていない。「花子さん」では、幽霊との因縁を登場人物と直接繋げることなく、いじめ事件に対する過去の記憶が互いに齟齬をきたすように設計し、いじめで自殺したクラスメイトの幽霊とは別に、純粋な死刑執行装置としての幽霊「花子さん」を別に据えることで、ホラーから人間的な因果関係を消し去ることに成功していた。

  • 『ドロメ』でも途中までは、ドロメという怪物とも幽霊ともつかない存在が、運命の装置のように作動し、男女の学生を次々と手にかける。それに抵抗する主人公たちが、わずかな自由を手にするのだが、本作ではさらに「泥を吐かせればドロメにやられた人も元に戻る」という設定が挿入されており、あっけなくドロメが不可逆のものではなく、リカバリー可能なものに転換されるのであった。
  • それを除いても本作には色々と「遊び」が仕込まれていて(抵抗ではなく「遊び」)、それが運命に対する自由さとして広がっていき、コミカルなホラー映画になっている。

  • 以下では、具体的なシーンについて思ったことを少し書いてみる。
  • 冒頭は、アスファルト舗装のある山道を歌いながら歩いている女子たちを捉えた緩やかなパンショット。そこに大きく原色で「ドロメ」のタイトルが出る。最初からいい感じだ。
  • そこから、電柱に貼り付けられた、行方不明の人物のポスターを見つめる本作のヒロインが森川葵。すごく子顔かつ猫顔の女優で、グラビアアイドルの青山ひかるに顔の造形が似ている。この子が手で顔をおさえると、小さいはずの手が大きく見えるくらい顔が小さい。
  • 顔写真は泥かなにかで薄汚れていて、はっきりとは見えなくなっている。この、「はっきり見えない顔」というのがJホラーっぽい。また主観性をはっきりさせるためか、内側からの切り返しショットで撮られている。
  • 稽古中に過呼吸になったり、ドロメを見ておびえたりして、奇行が災いして孤立してしまう森川葵。おまけに、この合宿に誘ってくれた親しい友人ポジションの子とも気まずい仲に。
  • 深夜にドロメを見てしまう森川葵。薄汚れたガラス面越しに見える顔というのは黒沢清の『LOFT』を思い出した(そもそも泥を吐くというのが同じだし、土を掘るシーンも共通している)。遅れて、その友人ポジションの女の子もトイレでドロメを見てしまう。ひとりでに開くトイレのドア。
  • ドロメに対する「遊び」としては、二人の友情回復⇒ドロメと写メを撮ろうとする⇒ハサミを先輩に突き刺してしまう⇒バットで横移動、という段取りが踏まれる。