呉衣の映画トンネル

映画の感想(ネタバレ有)を置きます

ユナイテッド93

2016/3/16鑑賞

  • 監督:ポール・グリーングラス
  • まず目につくのは、プロフェッショナルの不在。ハイジャック+自爆テロという現象に対して、乗客はもちろん、管制塔も軍も、そして犯人側も十分な訓練を受けていない。したがって描かれれるのは手ぶれカメラによるヒステリーである。
  • 本作では9.11の日にハイジャックされた4機のうち目標にたどり着けなかった唯一の便であるユナイテッド93便の旅客機内の出来事が中心的に描かれることになるのだけれど、序盤から中盤にかけてはその背景に当たるWTCへの激突の様子がほぼ指令室からのみの視点で描かれる。
  • 「ハイジャック?まさか?」という笑いごとから、情報の伝達が電話越しにひたすら飛び交うカオスな状況へと推移し、劇的なことが起きてからようやく事後的に自爆テロだと分かる、という状況がこれも手ぶれカメラで描写されていく。劇的なことそれ自体は描かず、その周辺を埋めていく感触。
  • 誰もこんな状況に対してプロフェッショナルであることは出来ない、というリアルな作劇が進む終盤、ユナイテッド93便では犯人側に立ち向かおうと乗客が結束しつつあり「柔道には自信がある」「パイロットをやっていた」「管制室にいた」などの急ごしらえのプロフェッショナルが立ちあがっていく。
  • 犯人側のちゃちなナイフ、偽物の爆弾、あるいは乗客たちが武器に使う消火器、食事用のナイフとフォーク、CAが使うワゴン、などの小道具もプロフェッショナルの不在という文脈だと思う。素人っぽさが抜けないアンチハードボイルド。
  • プロフェッショナルがいない非常事態とは表象の難しいものだと思うので終盤は手ぶれカメラがほとんど支離滅裂になる。が大胆なカットを入れる口実にもなっているような気がする。冷静な観察者たれるプロがいないから出来事に立ち会う人もいない。なので電話の映画になる。
  • とはいえ『ボーン・スプレマシー』や『ボーン・アルティメイタム』よりずっと目で追いやすいモンタージュのようにも思うな。
  • 何かと議論になるカメラの揺れだが、本作においてはリアリティを増すための安易な嘘というよりも、むしろ正確に何かを見ることができない、描写することができないという事態を示せているのではないか。無論、ほとんどの場合、混乱したカメラワークは単なる技術不足の画面にしかならない場合も多いが、これは一定の様式に達していると評価できるように思う。