呉衣の映画トンネル

映画の感想(ネタバレ有)を置きます

『ゴジラS.P』第10話「りきがくのげんり」

2021/5/28鑑賞

  • 監督:高橋敦史
  • 脚本・SF考証・シリーズ構成:円城塔
  • 第9話で命の危機に瀕したはずの李博士と、マキタ、神野銘がどこかの風変わりなレストランで食事をとっているシーンから始まる。いささか唐突なこの場面は、おそらくは回想シーンであるのだが、それを確定させる情報は今のところない(実際には存在しなかった、神野銘の夢か妄想である可能性も否定できない)。
  • そこでは、タイムマシンについての議論がなされている。「タイムマシンがあったら歴史がめちゃくちゃになってしまうのではないか」という銘に、「タイムマシンがない世界に収束する」というラリイ・ニーヴンの説や、「過去に情報を送っても、情報だと気づかれなければパラドックスは生じない」という見解を披露する李博士の姿があり、やがて彼女は銘にてきとうな数字を挙げさせる。
  • 「9」と答える銘には、レストランの壁にかかっているゴッホの《ひまわり》を示して花が9つあることを指摘し、「3」に答えを変える銘には、「見ざる聞かざる言わざる」の彫刻で返す(ゴッホの絵画と、「見ざる聞かざる言わざる」が一緒に飾ってあるレストランって何なんだろう。このせいで場面全体が夢のように感じられる)。
  • そこで銘は「ー1」を答えとして挙げる。負の数を挙げれば、それを示すものはこの場にないのではないかという勝算があったのだと想定されるが、それに答えを示そうとする李博士のセリフは途中で途切れてしまうのだった。
  • Twitterで検索すると、「李博士の安否は結局どうなったの?」といまいちわかっていない人も散見されるが、実は私もよくわかっていない。普通に考えると「ー1」は、李博士の死を示すメタファーである。一方で、『ブレードランナー』に登場する「ユニコーンの折り紙」らしきものがこの場面に出てきていることを考えると(マキタが食べているので折り紙の見た目をした食べ物のようだ)、この食事の場面は夢のシーンで、実際には存在しないという解釈にも強く惹かれる(『ブレードランナー』のデッカードユニコーンの出てくる夢を見て、ガフが折ったと思しきユニコーンの折り紙を拾う)。
  • 李博士がそもそも最初から存在しないことになったのではないか、という解釈をしている人もいるようだ。
  • このアニメシリーズでは、一貫して人死にをあまり直接的に映さないのだが、その徹底がネームドキャラに対しても発揮されるがために、かえってこれまでの場面の上品さが際立っている。
  • 中盤では、ユンとハベルが葦原レポートに隠されたメッセージを解き明かす。そこには葦原の時代には開発されていなかったはずのMD5ハッシュ値が書かれており、それを「日付」だと当て込んだユンがユングに計算させたところ、やはり特定の日時を意味していることが分かるのだが、それはユンと神野銘とのチャットの送信時間に当たることが判明する。ユンが、その順番通りにチャットを読み上げさせると、何やら意味があるような無いようなメッセージが読み上げられるのだが……。その中には4日後の、未来の時刻も含まれているのだった。
  • 第1話から張られていた伏線が立て続けに回収される展開であり、例のインドの歌曲が再登場し、MD5が再登場し、未来を知ることのできる超時間計算機の特性が活用され、という具合に作品の様々な要素がパチパチとはまっていき、非常に盛り上がる。いよいよ謎解きも大詰めに入ったぞ、という気分になるのだ。
  • 外務省から「ミサキオク」に送られてきた職員が再登場する。ジャーナリストに気絶させられたシーン以来の登場のような気がするが、いったい何があったのかは全く語られない。というか本当にそういう場面があったのか、あの場面があった世界と、第10話の世界が一緒なのかどうか疑わしく感じられてくる。
  • ラストではいよいよ、「ゴジラ」がいよいよ形態変化の末に「ゴジラウルティマ」になり、見た目的にも完全にもうゴジラ然としており、カメラからは真正面で捉えられる。劇伴としてアレンジされた「ゴジラのテーマ」が流れ、「ゴジラウルティマ」は放射熱戦を吐く。
  • もうどこからどう見ても、王道中の王道の「ゴジラ」であり、平成ゴジラとともに育ってきた人間にとっては、泣かないでいることが難しい。これぞ、これこそ、ずっと見たかったゴジラの姿なんだ...と。胸に強く迫るものがあるのだ。
  • 放射熱戦の描写は、『シン・ゴジラ』や『巨神兵東京に現る』の再利用のように見えて、少し拍子抜けした部分がある。あのいくつも出てきた光輪が散乱しつつ真正面に飛ぶような、そんな熱線でもいいのでは?と思ったが、これはお約束を外すことの恐怖に駆られていない、在野のファンの身勝手な発言だろうか。
  • 熱戦がビルを貫通するのに若干の時間がかかるところがちょっと新しく感じた(他でもすでにあったらごめんなさい)。
  • 個人的な好みの話になるけど、クイックズームの多用があまり好きではない。なんというかカメラの存在を強く意識させる技法だし、かといってこれまでカメラの存在を意識させるようなアニメではなかったじゃないですか。